今日の十分日記

今日の十分日記

原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

互助会へのお誘い。

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「勧誘」

 その日、スマホの通知欄に鳩のマークが点灯していた。ツィッターの通知だ。法人周りの営業から帰社する途中、八重洲口あたりだった。また、フォロワーが増えたか、メッセージがリツイートされたか。そんなものだろうと思って、アプリを立ち上げた。

 確かにフォロワーが増えたという通知だった。しかし、そのフォロワーは見覚えがない。オレからフォローしたアカウントじゃない。そう思って、アカウントのアイコンをタップする。

 画面はそのアカウントの履歴のページへ。

 簡単なプロフィールには「はてなのみなさん。おいしいことしませんか。連絡待ってます」と書かれていた。オネエちゃんでも紹介してくれるんだろうか。妙な期待をしながら、フォローを返した。ただし、メッセージは送らなかった。

 

 さえないブロガーであるオレは、いつものように誰が見ているのかわからない映画のレビューを書いてアップする作業をしていた。独り住まいのワンルームの部屋の照明は消して、デスクのライトだけが点いていた。後ろのベッドに放り出してあったスマホの通知音が鳴った。変なフォロワーにフォローを返して、数時間が経過していた。

 椅子に座ったまま、ベッドに伸びをしてスマホを取った。見ると、それはダイレクトメッセージだった。

「まさりんさん。こんにちは。あなたのブログの記事、すべて拝見しました。とても興味深い記事でした。

 映画の評論、小説、本の紹介、エッセイ。

 バラエティに富んでいて、何よりもまさりんさんの人間性がにじみ出ているもので、感動しました。私が特に好きなのは、小説のシンイチのシリーズです。あれはあなたの分身でしょうか。中学生にしては言語感覚がするどくて、きっとまさりんさんが中学生だったら、ああいう鋭い少年だったのだと思います。

 シホさんも興味深かったです。

 小説についてもっとお話がしたいです。

 ご連絡お待ちしています」

 

 いやな文章だった。

 読めば分かるのだが、こちらが力を入れている小説の褒め方がいやらしいな。そう思った。

 その日はそのダイレクトメッセージを無視した。

 

 翌日、通勤の電車のなか、ふと気になって、スマホをバッグから取り出した。

 ダイレクトメッセージを再読する。

 気づかなかったが新たなメッセージが追加されていた。

 「まさりんさん

 私はもったいないと思うのです。

 あなたほどの才能がある人間が、くすぶっているのは。

 ブログだけじゃなく、営業だってそうでしょう。

 変化の時期なのです。

 いや、

 開花の時期なのです。

 ぜひ連絡をください」

 おもわずダイレクトメッセージを返した。

 この生活を抜け出すチャンスをどこかで探していたのだろう。

 「自分にそれほどの才能があるとは思えませんが、何が待っているのか。

 興味があります。一体あなたは何なんだ」

 送ってから、どうしておれが営業やってるって知ってるんだ、と思った。背筋に怖気が走った。

 

 その男は、とあるジムを会見の場所として選んだ。

 帰るときに会社の前にリムジンが止まり、電動のウィンドウが開くと、そこには見知った顔があった。数秒だれか分からなかった。

 それははてなブログで有名なブロガーだった。丸いサングラスを掛け、妙に細いたばこを吸っていた。そのたばこを吸う指には、スペースを埋めるように指輪がはまっていた。

 ものすごい低い声で「どうも・・・・・・です」と名乗られるまでわからなかった。

 はてなブログのアイコンでは、かわいい少年風でめがねが少しずり下がっていた。全体的にかわいい神経質そうな風貌の絵柄であったが、実際にあった彼は、「輩」としか表現できなかった。ニカッと笑うと、昔ラッパーの間で流行した入れ歯が出てきそうだった。肩の筋肉が異常に発達しているのが、スーツからでも分かった。

 オレにとって、彼はあこがれのブロガーだった。

「どうぞ」とドアが開いたが、入るのはかなり躊躇した。

 が、逃げるわけにもいかず入ることにした。

 

 「まさりんさんですね。

 初めまして」

 握手した手が異様に分厚かった。

 「ちょっと汗を流しましょうよ」

 リムジンがゆっくりと進み始める。

 「失礼ですが・・・・・」

 リムジンの運転席と後部座席のあいだに仕切りが立った。

 「まさりんさんのことを調べさせてもらいました。ネットだけの話じゃないですよ。失礼ですが、さえない人生です」

 あこがれの人に言われ、少し落ち込んだ。

 「しかし、可能性はあるのです。可能性はね」

 そこから、肝心なところには触れずに、雑談をずっと続けていた。まるで、オレの気をそらしたくないように、冷静に何かを考えるゆとりを与えないように。

 

 ジムは高級住宅地のなかにあった。白壁で長方形の外観は、図書館や美術館を思わせた。外に向けた窓は極端に少なかった。ジムのなかに入ると、広大なスペースが拡がっていた。入ってすぐの場所にはホテルのようなカウンターがあり、運動着姿の若い女性がにこりと笑っていた。ショートカットでどこかの女優に似ていた。

 「サエグサさま、ようこそ。後ろのかたはお連れの方ですか」。

 「そうだ、運動したいので服を貸してくれ」

 すぐに服を持ってきたのだが、服のサイズを聞かなかった。

 建物の内側は、全面がガラス張りになっていた。ランニングマシーンをやるもの、マシーンで筋トレをするもの、エクササイズをするもの、ホットヨガをしているらしい曇りガラスの場所、外に面したソファで談笑するもの、様々なものがいた。

 更衣室に向かう途中、「私のことはサエグサとお呼び下さい」とにこやかに言った。偽名だろうなと思った。

 「かわいかったでしょう。本物ですよ。売れかけの女優がよくバイトしてるんです。ここの会員は身元が確かな人ばかりだし、メンタルチェックと“身体検査”もするので、妙な精神状態の人間も入りません。大手の事務所の女優ばかりなのでこちらも安心です。

 アイドルは入れません。アイドルはだいたい育ちが悪いので、何をしでかすかわかりませんから。

 まさりんさんもいずれ紹介できると思います」

 「紹介されても、女優に手を出せる訳じゃないでしょう」

 「それはまさりんさんの人間性と、経済力次第じゃないですか」

 ふふふとサエグサが笑った。

 「女優にも育ちが悪いのも居るでしょ」

 「ここにはいません」

 

 サエグサ曰く、ジムには温水プールとテニスコートがある。プールは三階で、テニスは外にあるらしかった。

 男に誘われて、オレはテニスをやった。

 とはいうものの、オレはお遊び程度のテニスしかしたことがなかったので、ついて行くだけでひと苦労だった。男はテニスが上手く、ボールを右に左に振った。

 疲れ切った後は、サウナだった。

 男にとってのサウナは見知らぬ人を結びつけるだけの魅力があった。

 全盛期のボブサップのような身体をしているということを再確認した。

 「ここはね、端的に言うと金がかかるんです。それに学歴のフィルターもある。いわゆる有名大学出じゃないとメンバーになれない。日東駒専出じゃ、めったにメンバーになれない。けれども成城大学出身だとメンバーになれたりする。要は将来出世する可能性があるかどうかです。

 金使いましたよ。そりゃあね。今じゃ旧帝大出もペコペコしてきますよ。今度、動物園の理事なります。百万ドル使いました。日本人の金持ちとつきあうための方便です。連中、人間より動物が好きなんです。いくら保育園の数が足りなくても平気だけれど、動物の保護がなされていないと許せないんです」

 帰りもリムジンで送ってくれた。

 「あのビルを見てください」周囲をツタで囲まれているビルがあった。場所から考えると、居住用というより、商業用だろう。

 「私が買い取った初めての不動産です。もちろん、ブログで稼いだ金で買ったんです。二年後に売却して八〇〇〇万円の利益を上げました。セックスより興奮しましたよ。そのときはものすごい大金だと思いましたが、今では一日の稼ぎです」

 ブログで? 八〇〇〇万の利益? ばかげた話で笑ってしまった。

 「笑っちゃいますよね。そりゃそうだ」

 オレはこめかみを指でおさえて笑い続けた。リムジンは交差点で止まった反動をまるで車中に伝えないで止まる。サエグサはシャンパンを開けた。シャンパングラスを笑い続けるオレにも渡し、シャンパンを注ぐ。黄金色の液体がグラスを滑り、炭酸が弾ける音が車中に拡がる。

 乾杯をするようにグラスをあげて、サエグサは飲み干す。

 笑みを浮かべながら、それに答えて、オレも飲み干す。

 サエグサは再びシャンパンを注ぎながら、言った。

 サエグサは笑みを浮かべているが、ホワイトニングをしているらしい歯が、暗い車中で異様に光って見える。

 「そりゃね、まっとうな方法でやればこんなことできませんよ」

 脇にあったビジネスバッグから、大きな茶封筒を取り出した。「見ても?」と聞くと「どうぞ」と手のひらを添えて返した。

 開くと紙のファイルが出てきた。

 「やばいことをやるときは結局紙に落として、元ファイルを消してしまった方が確実でね」サエグサは足を組み、車窓を眺めながらシャンパンを口に含む。

 ファイルの表紙には「リスト」とだけ名前があった。

 開くと、一覧となったIDが並んでいた。それと会員番号、入会時期。見知った名前も多く入っていた。

 信号が青になり、リムジンが滑り出す。

 「ブログのやり方に正義なんてありませんよ。すべてはゲームです。Aというゲームの対角線上にはBという反対のルールのゲームがあるだけです。どちらが正しい訳じゃない。ところが、「はてな」の経営側はどちらがいいと考えているか。これを見れば分かるはずです」

 いつのまにか立ち上げたタブレットをオレに差し出した。タブレットの画面は、はてなブログの「記事を書く」の画面になっていた。「ここです」と指を指す。タップしてしまい、画面が移動する。「oops」と言って、前に戻した。指先は、「楽天の商品紹介できます」というところを示していた。

 「もしも「はてな」側は、金儲けがいやで、互助会的な行為がいやなのであれば、楽天アフィリエイトを解禁する必要が無いでしょう。少なくとも『はてな』は、露骨に募集をかけるようなまねをしなければ、我々の行為を看過しているのだと思います」

 攻撃をしている人間を見てみても分かるでしょう。

 タブレットの画面をタップして他の画面に切り替えた。

 

 「彼らは2chに居た人間です。あの2chです。彼らが言っていることを正面から文字通りに信じては後悔することになります」

 タブレットをビジネスバッグに片付けた。

 「それにまさりんさん。我々がやっているのは噂話を話しているにすぎないのです。

 『父親が息子に航空会社の裁判の件を話すブログが面白い』とか、『何とか会社の社長が、何とか会社をつぶすと書いているブログが面白い』とか、我々が言っているのはそういうことですよ。面白いか、面白くないかは、主観の問題です。

 それに我々の逆のBゲームの連中だって、やっていることは同じです。『互助会は許せない』と書けばアクセスが稼げるからやっているんです。そんなもんです。本気で怒っているのはほんの一握り。世の中そんなものです。

 ファイル見たでしょ。攻撃側にだって、Aゲーム参加者が居るんですから」

 確かに「ファイル」には、普段互助会を攻撃している連中の名前もちらほら出ていた。

 サエグサは何かを睨むように、車窓を見ていた。そして独り言のように話した。

 「私の父親もね、がむしゃらに働いていました。時流に乗らず、コツコツとね。そして四八でポックリ、です。

 目を覚ましたほうがいい。ゲームのインサイドにいなければ、永遠にアウトサイドですよ。

 私が言っているのは、東京でくすぶるのがイヤだっていって四国に行ったら、卑屈になっちゃったヤツ、そんなレベルのことじゃないのです。飛行機は自家用ジェット機、下らんことに時間を使わず、一日五〇万、百万、ブログだけで稼ぐ、そんな大物です。分かるでしょ。

 君は私に返信をした。私は仕組みを教えた。問題はそこにとどまれるかどうかです」

 再び、リムジンが静に止まった。サエグサの目線の先には、ホームレスの前を、官僚らしい男が通り過ぎるのが見えた。官僚は肩を上下に揺すらずに歩いた。東京駅でよく見かける。

 「見てください。

 あそこにいるあの二人の差は運だけだと思いますか」

 サエグサの先にホームレスが居る。ホームレスの前を仕立ての良い薄い紫っぽいすーつを着た男が過ぎ去ってゆく。さすがに男の仕事はわからない。官僚のようであるし、ビジネスマンのようでもある。

「私たちはいま、幻想を捨てて、政治や経済、現実を直視すべきです。日本は、我々の日本は三等国に転落しました。財政赤字は悪夢のような数字に達しています。昔は日本の家電や自動車など生産品が多く売れました。しかし、今売れるのは京都だけです。嘘か本当か、二時対戦時、京都は爆撃の対象から外されました。占領したときに保養地として必要だったからでしょう。今はその状態に後戻りしそうなのかもしれません。いずれ中国も日本の家電と同じ技術力を持つでしょう。そうすれば、日本で必要なのは、アニメと京都だけです。アニメもすべてでは無いかもしれません。ジブリが制作をしなくなったのであれば、もう売れるアニメもほぼないでしょう。ドラえもんも、ドラゴンボールも、地域によっては規制の対象です。

 我が国の産業が隆盛を誇った時代においては、会社は社員を幸福にできました。社員どころか社員の家族まで十分な余剰をもって、食わせることができました。会社にも、国にも、社会全体にも余裕があったのです。信じられますか。国債を買うというのが一番安全確実に資産を増やす方法だった時期があるのです。今日、経営者は会社の利益というのをはき違えています。社員を切ってあげた利益を、利益と言うことが果たしてできるでしょうか。人の不幸の上に築いた利益です。もう、こんな仕事は主婦にでもできる。書類の書ける秘書さえ付ければ。やっと裁判になりましたが、東京電力の社長は福島の原発が爆発したあと、中東に逃げてしまったという噂を聞きました。それが会社の現実です。誰も愛着なんて持っていません。デイトレードしている投資家も同様です。自分が会社に守ってもらえると思っていたら、それはずいぶんおめでたい話です。

 あと方法は国を閉じるしかありません。国を閉じて、富が拡散するのを防ぐのです。それしかありません。悲劇です。

 逃げるのです。一刻も早く、この国から逃げるのです。かっこつけて、愛国だ、なんだと言っている間に、国は信じられないくらい速度で、没落する可能性があるのです。金を持って逃げるのです。生き残りたい、欲を解放して下さい。

 欲は善です。他にいい言葉がありませんが。欲は正しい。欲は有効です。欲は物事を明確にし、道を切り開く。進化するものの本質をとらえます。欲にはいろいろな形があります。生命欲、金銭欲、愛欲、色欲、それが人類を発展させたのです。欲が日本という企業を立て直すことができるのです。生きる力を取り戻すのです。緩慢に死んではなりません」

 私は一気にまくし立てるサエグサの言葉を圧倒され、唖然としながら聞いていた。

 「モハメド、止めてくれ」

 運転手のモハメドは銀座の木村屋の前でリムジンをとめた。サエグサを乗り越えるようにオレは外に出ようとした。ドアの向こうからあんパンの生地の匂いが入ってくる。

「世の中、決断だよ。

 モハメド、お前がやるか。ゲームに参加するか。下手をすれば、この銀座の中央通りの津動産だって、ブログ一つで手に入れることができるぞ」

 サエグサはいたずらっぽく笑った。モハメドは困った笑顔を浮かべていた。ボクは一歩降りたところで止まってしまった。着飾った男女が過ぎてゆく。本国では金持ちの部類に入るのだろう中国人の集団が歩道を端から端まで占有しながら歩いて行く。このなかの誰かが、銀座の一等地の不動産を、近い将来取得するのかもしれない。

 「時間の無駄でした。まさりんさん、会えて良かった」

 そんな人々のなかをリアカーを引いた老人だろう人物が歩いて行く。歯は抜けていて、髪は伸び放題で固まっていた。元の肌の色が分からない黒い顔をしていた。目は生気を失い、自分が人間であることを忘れようとした結果、なにも感じなくなったような顔をしていた。強い悪臭を放っていた。みなが大きく場所を開けてゆく。モーセの十戒のように道が割れていく。

 『この男に今後チャンスなんてまわってくるのか。オレだって一緒だ。いまは食えているというだけで、チャンスが来ないという意味では一緒だ。好きで結婚しないわけじゃない。好きで貧乏に甘んじているわけじゃない。チャンスがあれば! チャンスがあれば! チャンスが、あるじゃないか!! 目の前にやってきているじゃないか。

 逃げるぞ。チャンスが前を通り抜けていく。

 彼らを攻撃している連中みたいに、嫉妬して、いぎたなく、必死なヤツらの足を引っ張る。そんな人生で良いのか。オレはこのまま終わるぞ。いいのか。

 リムジンのドアが閉まったぞ。とりつくんだ。とりついて、スモークで真っ黒の窓を叩くんだ。サエグサを呼ぶんだ。モハメドがアクセルを踏む前に。チャンスを掴むんだ』

 オレは振り返り黒い窓を叩いた。

 電動の窓がゆっくり開く。

「オレ、やります。参加させて下さい」

サエグサは片側の口をつり上げるようにして笑った。

ーー了ーー

 久しぶりに「ウォール街」を見て、ゲッコー(マイケル・ダグラス)の言葉を聞いていて思いつきました。台詞を抽出して、アレンジして使っています。これくらい言ってくれたら、互助会に入るのになあ。

 フィクションなのであしからず。あと、書きっぱなしです。

 

 

 

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