今日の十分日記

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原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

ドクターストレンジーー十分日記249

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ドクター・ストレンジ (吹替版)

金曜日のテレビで、ドクターストレンジを見た。

我が夫婦はシャーロックで、ベネディクト・カンバーバッチのファンになっているので、この作品もとても気にはなっていた。しかし、近くのTSUTAYAが霧消してしまったので、見る算段がなかった。買ってもよいのだが、もう本で我が家はいっぱいである。映画まで買うようになったら、いくらスペースがあっても足りないということになりかねない。多分オンラインでレンタルをしていると思うので、TSUTAYAのサービスに早く入らねばならない。定額サービスは使いこなせるかがわからない。だから、従来のレンタルが我が家にはいいのであるが。

 

さて、ドクターストレンジだが、アベンジャーズシリーズを見ていて思ったのは、どうして日本はアニメですらこれに負けてしまうのだろう、ということだった。

アイアンマンにしても、スパイダーマンでも、キャプテンアメリカでも、戦闘シーンはそれぞれ特徴がある。ドクターストレンジは、もうすごいことになっていて、街中で戦っていても、突然道の先が垂直に落ち込み、立方体になり、道で戦うのではなく、ビルの壁面が地上になって戦ったり、その壁面が屏風を立てるように立ち上がり、倒れ掛かり、崩れ、混沌とし、また元に戻る。そんな場面が描かれる。もう映画館で見たならば、CG酔いするんじゃないかというような展開である。

別に日常を描いているのだから、それでいいのだが、どうして創造の産物であり、絵であるアニメでこれに負けてしまうのだろうか。

 

ストーリーにしてもそうである。

天才外科医だったストレンジは、交通事故で両手に麻痺を負ってしまう。それは現代医療では治すことができないものであった。それを直すために、ネパールのカトマンズにまで赴く。そこで魔術? の師匠であるエンシェント・ワン(古代の人。レディでもなく、パーソンでもなく、ワンというのがちょっとかっこいいと思った。一般的な使い方なのだろうか)に師事する。

この師匠はひそかに地球全体を守っている。が、同時に闇の魔術を用いて、気の遠くなるほど長生きをしていた。最後ストレンジに同じことをするように暗に要求する。

さて、生来の頭の良さからストレンジはどんどん魔術を身に着けていく。それを最後にはエンシェント・ワンは認める。弟子の中で造反したものがおり、それがカリオストロの儀式によって、永遠の命と強い力を得る。

 

壮大な物語であるが、日本人がやろうとすると、もうネパールのカトマンズから現実味が一気になくなる。日本人が行くのであれば恐山になってしまう。日本だけを守るのであれば、物語として成立する。が、日本人が世界を守るとなるとどうだろう。やってしまえば何とかなるのだろうか。異世界の人間に教わるのなら成立する。だからラノベでは異世界に行くのだろう。だが、ネパールはちとつらい。中国は近代化してしまって、こういう舞台には使えない。そんなことを考えながら見ていた。

 

 

ドクター・ストレンジ (字幕版)