ジレットCM「The Best Men Can Be」 日本語訳付き
ジレットのCMがアメリカでは是非がわかれ、物議を醸している。逆に日本では受け入れられている。非常に面白い現象だと思うので、簡単にコメントを書こうと思う。
前半は従来の男の子らしさが並ぶ。
「いじめ」「喧嘩」「性的なジョークで笑う」
マッチョイズムにつながるものである。
後半では、「もうこういうのはやめよう」と男たちが、喧嘩する二人を止めたり、いじめをやめさせたり、ナンパしようとした男を止めたりする。
一度目に見た時に思ったのは、「これを男らしさって言われても」というのが正直なところだった。
アメリカでは主に否定的な意見が多く、YouTubeでは低評価が多かったらしい。最低限、ここに並んだ「男らしさ」はアメリカでは主流なのだろう。
結論から書いてしまえば、日本における男の子らしさは、実は後半である。いじめは卑劣だから止める、喧嘩は勝った方が正義ではなく両成敗、女性に対して失礼なことをしない。これが日本の男が教わることだ。だから、日本人にはしっくりくる。もちろん、現実は逆だ。だが、倫理的に推奨はされていない。
ヤンキー漫画の金字塔、「ろくでなしブルース」でも、東京の四天王と主人公前田太尊は戦う。しかし、必ず先手は相手が打ってくる。前田は戦わざるを得ない状況で戦ったと思う。彼は正義の味方ではなく、拳で万事解決するのだが。積極的な攻撃はやはり奨励されていない。もちろん、本当のヤンキーの世界はそうではないが。
吉川英治の小説の時代からそうだ。私本太平記の楠木正成もその優秀さは認められているが、どこか温和で頼りない人物に描かれる。戦をするのがほんとうに嫌なのだ。だが天皇家を救うために挙兵する。すると、鎌倉幕府の大群を少数で撃破したり、大活躍をする。
司馬遼太郎も「益荒男ぶりより手弱女ぶり」といって、普段いばり散らしている人間こそ、いざとなったら情けなく逃げる、と言っている。
最近、純烈のメンバーがDVで脱退、芸能界も引退したが、彼に「男らしい」という人間はいないだろう。実はデートDVは女から男に行われることが多いというジョークのような統計もあった。もちろん、DVなどないと言いたいのではなく、それが男らしさとして奨励などされていない、と言いたいのである。
日本にはそういう価値がもともとあるのである。
だから、ジレットのCMを見ても首をひねってしまうのである。
日本では逆に、後半の正義に男は苦しめられている。
いじめを止めるのはこわい。だから、止めに行けない。
喧嘩に介入するのは、学校なら教師などを使って行う。怖いから直接介入はしない。
正義の履行が困難だからみな悩むのである。
後半の新男らしさを発揮する男たちはヒゲをきちんと剃っていたり、きちんとトリミングしていて、前半の男らしさの男は無精髭を生やしている。オチとして、きちんとCMになっているのが笑えた。
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書いた小説があります。よかったら読んでください。