今日の十分日記

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原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

「がっかり」より「がんばれ」の方がつらいーー十分日記220

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 もうすぐ卒業のシーズンだ。
 たぶん、ここ10年の話だと思うが、この時期になると学校で飛び交う言葉がある。
「支えてくれてありがとう」
 この言葉がなんとなく苦手だ。
 主従関係が一瞬にして決定してしまうからだ。
 もちろん、支えられる方が主、支える方が従だ。
 子どもが親に使ったりする。聞くたびに、「おまえを支えるためだけに親は生きてるわけじゃないよ」と思ってしまう。思いながらも、友人(♂)などと食事に行くと、「自分にはやりたいということがないから、家族のためだけに働いていいのだ」と言っていたりして。それはそれでいいのか、と思わなくもない。しかし、子供からはっきりそう言われてしまうと、寂しい気分になるのではないかと思う。
 
 ただ、スポーツ選手はその限りではない。
 スポーツ選手の親御さんは、本当に経済的にも時間的にも、選手を支えるために使う。捧げるという表現の方が適切か。アマチュア選手は経済的に本当に大変だ。遠征費だって、自弁ということも多い。スポンサーなどがバックアップするのは、ほんの一握りのトップ選手だけだ。だから、スポーツ選手が「支えてくれてありがとう」と言うと、それはそうかと思ってしまう。
 それ以外の若者はそういうことは言わない方がいいと思うのだが。
 
 その支えられる方の競泳選手、池江璃花子さんが白血病であるということを公表した。まだ検査中であるらしい。きっと不安な日々を送られているだろう。早く落ち着くといいと願っている。
 そんな池江さんに対して、心ない言葉をかけたとして、桜田五輪担当相が「がっかりだ」と失言したということだ。確かに前後の文脈を見ても、「がっかり」は素直すぎる。「残念だ。仕方がないけど」くらいにしておけばよかった。

 

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 しかし、病気持ち、最近体調を回復したばかりの身で聞くと、世間にあふれている「がんばれ」のほうが私にとっては聞いていてきつい。たぶん、反感を買うのだろうが。だって、病気に耐えて横になっているだけで、けっこう身体的には「がんばっている」からだ。
 それに・・・・・・。言いたくはないけれど。
 「がんばった」からといって病状が回復するとは限らない。そうすると、どこかで「がんばらなかった」から自分の体調が治らないのではないか、と責めてしまったりする。わたしはなるべく病気に取り憑かれたくなかったので、なるべく考えないようにしてきた。それに病気の場合無責任になるしかないので、「知るかボケ!!」の精神で生きるようにしてきた。それでもフラッシュバックするようにいやな光景が日々浮かぶ。「知るかボケ!!」精神で生きていて、病状が悪化すると、長谷川豊に排除されたりするのだが。治らないものは仕方がない。
 ただ、池江さんは言動からかなりものごとに真摯であるし、自分を追い込まないように気をつけたほうがいい。

 

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 橋本聖子が輪をかけて失言をしたということだ。
 「池江さんの体をつかって」・・・・・・うんぬんかんぬん。
 もうエキセントリックすぎて、わたしは個人的に何を言っているのかわからないのだが。なんで神様は池江さんの体を使って、「コンプライアンスなどを気にするな」という必要があるのか。そんなときは橋本聖子の夢枕に立つのではないだろうか。なにも他人の体を病気にして、橋本聖子に預言をするわけないのだが。
 失言かどうかも判断がつかないくらい、あんぐりと口を開いたままになってしまったというのが素直なところだ。